掃除のおばさんに喝を入れられる
入院中に出会った人に言われたことや感じたこと
<過去日記> 2011年12月某日
その人はいつも無愛想だった。
毎日病室の掃除をしてくれるおばさん。
わたしはそのおばさんが来るといつも
「ありがとうございます」と言って、挨拶していたけど
いつもニコリともしないで、黙って床を掃除して黙って出て行っていた。
その日もいつも通り挨拶をした・・・と思う。
出て行く時に、突然おばさんが後ろを振り返って言った。
「自分に負けるんじゃないよ!!」
へ?
「ほら、そこに書いてあるだろう?負けるなケイコ!って。
「絶対に自分に負けるんじゃないよ!!」
わたしの病室に飾ってある『がんばれウチワ』を指して言った。
びっくりし過ぎて声が出ないで、ただ黙って頷いた。
おばさんがしゃべった。しかも、なんか迫力があって雷に打たれたみたいになった。
その頃わたしは、痛みで眠れない日が続き、自分が思っていた日よりも退院が伸びて
ほんの2口食べたものが詰まって苦しんで、これからの生活を考えて気持ちが沈んでいた。
そんな精神状態が表に出てしまっていたのか?
「ありがとうございます」の声が暗かったのか?
このおばさん、きっと病院でいろんな患者さんを見てきたんだろうな・・・。
話さなくても病室入った時の空気とかでわかるのかもな。
わたしは同室で生きる気力を無くしたお婆さんが、日に日に朽ちていくように生気を失っていくのを目の当たりにしていた。
周りがどんなにケアしてあげても、本人の生きる気力がなかったら、どうにもならないんだなって思った。
生と死の間を感じた。
病院て毎日そういうことが繰り返されているところなんだな。
だから、その掃除のおばさんに言われた言葉は重く響いた。
「絶対に自分に負けるんじゃないよ」
その日から今までの間に、心が折れそうになる時も何度もあったけど
その度にいつもこのおばさんに入れられた喝!を思い出して自分を奮い立たせてきた。
「絶対に自分に負けない」
お医者さんに言われた一言
<過去日記> 2011年12月7日 術後5日
初めての食事でいきなりダンピング
ひどい腹痛と震えで苦しんで、辛いやら悲しいやらせつないやらで一人で泣いてしまった日
夕方の回診に来た主治医の先生に
「今日お腹痛くなっちゃったんですって?
だまされたと思って2時間かけて食べるつもりで、とにかくゆっくり噛んで食べてください。
ここから先は、ご自分で努力していただくしかないんです。」
って言われた。
手術は無事終わった。お医者さんができることはここまで。
これから先はわたし自身が自分で工夫して、努力して生きていかないといけないんだっていうことを自覚した日だった。
受け身では生きていけないんだな。
泣いてないで、自分で考えろってこと。
この日から胃なし人生というものを自分の中で受け入れていく覚悟をした。
2時間かけて食事をするために、1口100回噛んで食べた。
修行だなって思ったけど、そうするしか前に進む方法がないなら、それをやるしかない。
手術する前から「胃を切除した人のための食事」という本を買っておいてイメトレしていたけど、Amazonでハンドブレンダーを買って家に帰ったら使えるようにしておいた。
「できない」時に思うこと
病院でのわたしのお友だちは80代、60代のガールズだった。
女子会での共通の話題と言えば、
「退院したら何を食べたいか。今まで食べた中で何がおいしかったか」
朝ごはんに熱々のチーズトーストが食べたいなぁって言ったら、
「いいわねぇ」ってうっとりした顔していた。
自分の食べたいものを作って食べられるって幸せなんだなぁって思った。
わたしは自分が水も飲めなかった時に、みんなの食事の時間が辛かったなぁ。
おいしそうな匂いがしてきても、朝から晩まで何も口にできないで、4日間口をゆすぐだけって。
キックボクシングの選手が、減量前に食事を抜くのは全然苦じゃないけど、水が飲めないのがとにかく辛いって言ってたけど、ほんと1日が長い。
隣のベッドのお婆さんが差し入れにカツサンドとか、海鮮巻とかもらっているのを聞くと
いいなぁ・・・ってうらやましかった。
入院前にわたしが心配していたことの一つが、ずっとシャワーが浴びれないなんて、頭も痒くなりそうってこと。
ドライシャンプーとか買ってみたけど、結局一度も使わなかった。
シャンプーはお願いすれば、3、4日に1回くらいはやってもらえた。
でも、みなさん忙しそうだから頼むのもなんか申し訳なくて。
自分が好きな時に気兼ねなく好きなだけお風呂に入っていられるのも、幸せなこと。
シャワーは結局15日間浴びられなかった。
15日間て!今まで生きてきてそんなことないから、耐えられるのか?!って思ったけど、
人は猛烈な痛みを感じている時は、痛いということしか考えられなくなるんだなって思った。
「かゆい」なんて二の次。
「恥ずかしい」とか三の次。
看護師さんにあれこれやってもらうのとか、恥ずかしいなぁとか思っていたけど
そんなこと微塵も感じなくて、自分の体なのに、どこを触られても感覚がないような物体の気分だった。
人によるんだろうけど、わたしの場合はそんな感じだった。
老後、自分の体の自由がきかなくなって誰かにお世話してもらわないといけなくなった時とか、こんな感じなんだろうかとか想像した。
病院にいて、1番欲していたのは外の景色を見ることだったかもしれない。
空が見たかったけど、わたしの部屋は廊下側で見れなかった。
外の景色が見れたら、ずーっと見ていたかもしれない。
夜がとにかく長くて、痛くてじっとしていられなくて3秒おきに電動ベッドを動かしていた。
「明けない夜はない」と思って朝がくるのをじっと待った。
次は時間をだいぶさかのぼり、「中2で母」です。