胃なしケイコの【日日是散歩】(にちにちこれさんぽ)

36歳で胃がん(印環細胞癌)に 胃と胆のう全摘から10年目の記録

告知とたい焼き

<過去日記> 2011年11月18日 (金)

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なんか様子が変だなとは思っていた。

あの日以来、母が私と目を合わせない。

 

4日前に病院で胃カメラの検査を受けて、胃潰瘍だって言われたから

薬飲んでお腹にやさしいものを食べて安静にしていれば治るのかと思って、友だちにも

吐血なんてしてびっくりしたけど、とりあえずよかったねと言われていた。

 

目を合わせない母が、

「さっき病院から電話があって、今日の16時に来てくださいって。」

ってセリフみたいに棒読みで言ってきた。

「え?なんで?」

「先生が話があるみたいよ」

 

「話?」

「お父さんも一緒に行くことになっているから」

 

「え?なんで?もう一人で歩けるようになったし、車出してもらわなくても大丈夫だよ。」

「お父さんも一緒に話を聞くことになっているから。そういう約束しているから・・・」

 

って最後はなんかごにょごにょ言われて、全然意味がわかんなかったけど

それ以上聞けない雰囲気が母から出ていたので黙った。

 

いや、いい歳した娘を心配しすぎでしょう

 

変なのって思いながら父と一緒に病院へ

 

午後の診察が始まってすぐの病院の待合室は私たち以外に誰もいない

しんとした中で一言もしゃべらない父が微妙な間を空けて横に座っている。

 

何この異様な感じ

 

診察室に入ると、父は私の後ろの診察台に座り下を見ていた

 

先生が一呼吸して

「えとね、この間の胃カメラの検査結果が出たんだけど・・・胃がんでした」

と言った。

 

へ???

 

ガン?

 

悪性の癌で進行が早いから

すぐ手術が必要で、来週から検査通院、来月頭に手術。

胃を全摘するらしい。

全摘!?

 

もう執刀してくれる先生まで決まっていた。

「オレの大事なトモダチの娘さんだからね。よろしく頼むよって、日本でも何本かの指に入る腕のいい先生に手術頼んだからね。」

 

トモダチってね。もともとただのお医者さんと患者の関係だったけど、家族みんなお世話になっていて親は一緒に飲みに行くほど仲良しになっていた。

 

「先生、胃を全摘したら癌は治るんですか?」

 

実は私の母は40歳の時に胃癌になり胃を3分の2切除している。

最初の頃はすごい痩せて大変そうだったけど、20年以上経った今は元気になって

ご飯も大体好きなものを食べられている。

 

切って治るなら嫌だけどしょうがないし、今の母の姿に希望が持てる。

 

先生が渋い顔をしながら

「スキルスの可能性があるから・・・全摘してもその後の生検の結果でどうなるかはまだわからない」

 

え、そうなの・・・?

 

先生に「食べたいものあったら今のうちに食べとけ。」といわれる。
5年生存率の話とかされる。
全然実感がわかないけど、この辺りからなんか頭がぼーっとしてきた。

 

病院で会計をするから父には先に帰ってもらった。

ひとりになって気持ちを落ち着かせたくて、ふらふらとあてもなく歩いてみた。

どうしよう。

 

本屋の前を通った時、なにか『言葉』を探して入ってみたけど

文字がまったく目に入ってこなくて、すぐに出た。

フラフラする。

 

歩いていたら、たまに買いにくるたい焼き屋さんの前に来た。

たい焼きか・・・

これもしばらくは食べられなくなるのかなと思ったら、買ってみようと思った。

 

家族の分も買って、たい焼きの入った袋をぶら下げながら歩いているうちに家の前にたどり着いた。

ふと見ると向こうからトボトボと歩いてくる母が見えた。

こんなに小さかったっけ?と言うくらい下を向いていてため息が聞こえてきそうだった。

 

私を見ると

「探したのよ。なかなか帰ってこないから、どこかでひとりで泣いているんじゃないかと思って。病院の周りをウロウロして。泣きたければ泣けばいいって思ったんだけど。

私の時は、病院の駐車場で泣き崩れちゃったから」って自分が泣きそうな顔をしている。

 

「うん。ちょっと散歩してきた。たい焼き買った。もう食べられなくなるかと思って。おみやげ」

 

たい焼きを食べながら父がやっとしゃべった。

「病気になったことはもうしょうがないからな。おまえは病気に絶対に負けないんだっていう強い気持ちを持つんだ。気持ちで負けるなよ」

 

母が

「大きな病気すると痛いし辛いし大変だけど、人の気持ちがわかるようになるからね。

すべてのことに感謝する気持ちになれる」と言った。

 

心配していた幼なじみのTちゃんにも連絡をしておいたら、仕事終わってすぐに家に駆けつけてくれた。

仕事復帰したばかりで小さな子も二人いて本当に大変な時なのに、すっ飛んできてくれた。

玄関で顔を見た瞬間号泣していた。

あまりの号泣ぶりにうちの家族の方がみんなびっくりするくらいだった。

 

「スキルスって言われたんでしょ?」

「うん、可能性があるって。スキルスってなんなのかよくわかってないんだけど。

家帰ってきてから、そう言えば先生そんなこと言ってたなと思って。

私、頭がぼーっとしちゃってよく覚えてないんだけど、お父さんに先生スキルスとか言ってなかったっけ?って言ったら、あぁ、言ってたなって」

 

のんきな私たちはまだことの重大さをよく理解していなかった。

Tちゃんとの温度差はそこにあった。

 

後でネットで「スキルス」で調べてみた。

調べれば調べるほど絶望的な気分になって、見るのをやめた。

 

私まだまだこれからやりたいことも行きたいとこもいっぱいあるし、

ガンなんかに負けない。

 

部屋でひとりになったら、急に涙が溢れ出てきた。

洪水レベル。

 

病院では先生と父に心配をかけたくなくて、軽い冗談を言ってみたりしていた。

母の姿を見たらかわいそうで泣けなかった。

 

もうどうしていいのかわからない不安な気持ちを抑えきれなくなって

Facebookで友人だけに癌だったことを書いた

 

こんなこと言われてもなんていっていいかわかんないよね。

私ならなんて言葉をかけていいかわからないしと思っていたけど

 

突然携帯が鳴った。

泣きながら電話をかけてきたのは、私が10年前くらいにほんの一瞬だけ仕事を一緒にしたことがある子だった。

 

「なんて言っていいかわからないけど、ショックで・・・思わず電話しちゃって」ってヒクヒク言いながら一生懸命話してくれた。気持ちが嬉しかった。

私だったらこんなふうにできるだろうか。私は彼女になにかしてあげたわけでもないのに。

 

そのあと、すぐにコメントをくれたのは、同じくその時期に一緒に仕事をしていた仲間だった。

私が大変な時にいつも黙って助けてくれて、「本当にありがとう」って言うと

「そんなの当然だよ」って言ってくれる同い年の男子だった。

 

彼もまた「なんて言っていいかわからないけど、頑張って」と言ってくれた。

本当に普通の言葉だけど、彼をよく知っているから、1番最初にそうやって言葉を残してくれた誠意がものすごく伝わってきて、また泣いた。

 

続々と書かれるコメントを見て目が開かなくなるまで泣いた。

「ケイコさん ひとりじゃないからね。みんな一緒にいるから。ここ頑張っていこう」

 


<過去日記>2012年11月15日(木)

健康診断の2次検査の為かかりつけの病院へ。
胃カメラの検査をしたのがちょうど1年前の今日。

いつもドSの先生がその時は妙に優しく

胃潰瘍だね。こりゃ痛えよ。まったく、無理したんだろう。」って言ってた。

 

自分も画像を確認して出血しているところとか見たけど、あ~やっぱり胃潰瘍か~薬飲んで寝てればいいのか。なんてホッとしてた。

 

蝋人形の様に顔から血の気がなくなっていて、自分で歩くことができなくなっていた私を母が迎えに来てくれたんだけど、実はそのとき母だけ先生に呼ばれて
「胃全摘しないとだめかも」と言われてたらしい。

 

その日の夜に父も呼ばれて先生と話をして

「多分ガンだろう」と言われてたっていうのを私は後から知った。


今日その話を先生にして

「先生は胃カメラで見ただけで胃潰瘍ではなくてガンだってわかってたんですか?細胞見る前に?」って聞いたら

「うん。見てすぐにね。あ、こりゃガンだ。しかも進行性の悪性ガンでスキルスになる可能性があるっていうのもね。」


その時の画像を改めて見せてくれながら説明してくれたんだけど、
「普通の胃潰瘍とは全然違うんだよ。これ見抜けなかったら医者やめた方がいいね。
胃の広がり方とかも違うし」って言ってた。


「本人には細胞の検査結果が出たら言おうってことにしてたけどね。

あの日お父さん呼んで手術する病院はあそこでいいかとか話したんだよ。」

 

知らなかった・・・。

だから結果がでたときには執刀医の先生も診察日もすぐ決まってたんだ。
先生には感謝を込めてお団子差し入れしてきました。

 


<過去日記> 2014年11月13日

3年前の今日、吐血して倒れた日でした。

お医者さんからガン告知されて全摘しても5年生存率は…って話をされた時
もし5年生きられたら、結構いろいろなことができそうだなと思いました。

 

・食べたいものリスト
・会いたい人リスト
・行きたい所リスト
・やりたいことリスト
を作りました

 

3年が経ち順調にTo Doリストクリア中。あと2つ大きなことが残っているけど。

先生から

「これは医者の勘だけど、あなたなら乗り越えられる気がする。話している感じで、気持ちが強い人だから」
と言われたけど、どうやら先生の勘は当たっていたようです。

旅行にいく時に自分が入院していた病院の横を大きなスーツケース押しながら小走りしたとき、心の中で何度もガッツポーズ


もし、明日が突然やって来なかったとしても後悔しない人生を

 


 

この告知の日の日記は今までどこにも書いていなくて、いくつかの書き留めてあったメモと自分の記憶を辿って書きました。

 

書こうとすると当時の思いが込み上げてきて、なかなか筆が進まず何度も挫折しています。

10年経ってやっと書けました。

 

次は「入院まで」を書きます。

 

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